突然僕の腰に手を回して、背中にピッタリ張り付く少女。

「・・・?」

「・・・」

物を言わず、ただただ僕から離れないようくっついている僕らの同居人は・・・此方の世界の人間ではない。

「少し座ってお喋りしましょうか。」

「・・・」

腰に回されている手に触れながら声をかけると、その手が微かに緩んだ。

「お茶、いりますか?」

「・・・」

先程からひと言も発しなのは、口を開くと泣いてしまいそうだと言う事を・・・僕は知っている。
小さく横に振られた首は、それよりそばにいて欲しいと言う気持ちの表れ。

「じゃぁソファーに行きましょうか。」

腰に回されたの手を一度解いて、しっかり手を繋ぐとすぐそばにあるソファーまでつれていく。
繋いでいた手を解いて先に彼女を座らせ、その隣に腰を下ろせば・・・膝の上でギュッと握られた彼女の手が真っ白になっている。





――― そんな風に閉じこもらないで





僕らの同居人は、此方の世界の人間ではない。
パラレルワールドとでも言うのだろうか、彼女の世界で僕らは本の中の登場人物。
彼女が眠りにつくと・・・なぜか悟浄の前に現れる。
それは連日だったり、数日間が開いたりと法則はない。
最初は突然現れる来訪者に戸惑いはしたものの、今では僕も悟浄も彼女が来るのを心待ちにしている。



だから、だろうか。
彼女が時折辛そうな顔をしている原因が、僕らには・・・僕には分からない。
そばにいて一緒に生活している中であればその原因は容易く見つけられるが、別の次元で生活しているとなると彼女の口からそれを聞かない限りは分からない。
そして困った事に・・・彼女はあまり自分の悩みを口にするタイプではない。
今日のように自分の中にしまいこみ、僕らの前では・・・笑っている。
それでも以前はこんな姿すら隠していて、僕らが見ていない所で泣いていたんですよね。
それに比べれば・・・随分マシ、といった所でしょうか。










そんな彼女が欲しがる物は・・・言葉ではない。
うわべをつくろうような、本に書いてあるような言葉を彼女は望んでいるのではない。
彼女が望んでいるのは・・・

「・・・。」

手を伸ばし、彼女の頭をそっと撫でる。
ピクリと体を震わせるけれど、それは拒絶ではない。

・・・ただ、自分が望む行為を受け入れる前の・・・緊張だ。

本当に彼女がこれを望んでいるのか、彼女が欲しているのは本当にこれであっているのか・・・そんな事はわからないけれど、小さな体を震わせて必死に耐えている彼女をほおってはおけない。



「今日は、いい天気ですね。」



頭を撫でていた手を肩に置いて、ホンの少し力を入れれば・・・小さな彼女の体は容易く僕の胸に倒れこんでくる。
いつもなら、恥ずかしがってすぐに起き上がってしまうけれど・・・今のは重力に身を任せるが如く動こうとしない。



「・・・庭にタンポポが咲いていたんです。」



なんて事はない他愛無い話。
彼女の周囲にあるすべての物から守るかのように、の背中に両手を回して抱きしめる。



「去年は少なかったのに、今年は庭のあちこちにタンポポが咲いているんです。」



腕の中の少女は小さく小さく肩を震わせていて、時折しゃっくりあげる音が聞こえる。
それでも僕は気づかないフリをして視線を上げ、窓の外を見る。



「きっとが去年飛ばしたタンポポの綿毛が、庭に舞い降りたんでしょうね。」



青空の中、タンポポの綿毛をみつけた貴女は・・・悟空と一緒にそれを吹いていましたよね。
去年の事がつい昨日の事のように脳裏に浮かび、自然と頬が揺るむ。
貴女がこんなに辛そうなのに、の事を考えるだけで僕は幸せな気持ちになるんです。
それをわびるかのように抱きしめた手を少し緩め、の背中を落ち着かせるようトントンと叩く。



「庭のタンポポが綿毛になったら、今度は皆で吹きましょうか。」



そっと耳元に囁けば、耳を真っ赤にしたが何度も首を縦に振った。










ねぇ
貴女と僕は住む世界が違うけれど、こうして抱きしめている時間は・・・同じなんですよね。
向こうの世界で何があるか、僕には分からないけれど・・・せめてここにいる間は全ての物から僕が守ります。

のそんな辛い顔は、見たくありませんから。










貴女は知っていますよね。
僕の手が・・・血塗れだと言う事を。
本当ならそれをキチンと僕の口から話さなければいけないのに・・・貴女はただ笑って、この手を握ってくれる。

それがどれだけ嬉しい事か、分かりますか?



まだ僕の心は整理できていません。
大切な人は、あの人で・・・今でもあの人の事が忘れられない。
でも・・・の場所も、あるんですよ。
あの人とは違う場所に・・・しっかりと。

まるでタンポポの綿毛が青空を飛んで、ふわりと舞い降りたみたいに・・・の場所が僕の心の中に出来たんです。



それに気づいた時、あの人は・・・笑ってくれたんです。
僕と一緒に住み始めた頃と同じ様な笑顔で。



ねぇ、僕がそう思えるようになった相手が貴女で・・・とても嬉しいって言ったらどうしますか?

貴女がこんな風に辛さを堪えるように泣いているのに、僕は嬉しくてしょうがないんですよ。だって、それは貴女が僕に心を見せてくれているって事ですから。










「はっか・・・い・・・」

「大丈夫、そばにいますよ。」



掠れる様な声で僕の名前を呼ぶ。
溢れる涙を拭うことなく僕の顔を見る。
・・・そんな貴女を、僕はとても愛しく思います。




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